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チョット前のNHK押井守特集で『うる星やつら2〜ビューティフルドリーマー(以下BD)』見たのですが、凄い映画でした。アニメ(虚構や夢)を創って売るコト、虚構を享受することの不思議や矛盾をテーマにしたメタ映画です。

虚構と夢をテーマにした『マトリックス』を撮ったウォシャウスキー兄弟は、押井守監督のファンでらしく『攻殻機動隊』からはアクションシーンを『BD』からはテーマを受け継いでいます。この『マトリックス』にはサイファーという男が「ヴァーチャルの中での快楽こそが自分の求めている真実だ」と主張し、モーフィアスの救世主論を裏切ることになります。(サイファーが仮想現実の中で希望する役者の人生とは、レーガンのことらしい)さらに、このテーマをさらに面白くするのは、サイファーが帰りたがっている虚構世界は私たち観客にとっての現実であり、モーフィアスが現実だと言っている世界は私たち観客にとっての陳腐なSF映画の世界だ、という所です。

マトリックス

私の空想では『マトリックス』の元型は、ネオとサイファがトリニティを賭けて闘う話だったんじゃないか?と思っておりまして。この空想を基準にすると、サイファー死亡後から映画のテーマは迷走し、続編では観客や社会が抱えている問題から離れていくように見えます。娯楽作品ですから面倒なコト抜きでもイイのかもしれませんが、機械と人間の戦いよりも、人間の中にあるネオとサイファとの戦いの方が面白いんじゃないかな〜?

●【ネオ】新しい。新世界への跳躍。映画では人間と機械の関係を新約する者でした。
●【サイファー】ゲーム『女神転生』をやった人や、映画『エンゼル・ハート』が好きな人には「サイファ=ルシファーかも?」とピンと来ますし、社会学者の宮台真司ファンには『サイファ〜覚醒せよ』を連想させます。この本は「自分が見た超越を追え」という趣旨ですが、サイファーのキャラクターとしては、この本以前の宮台さんが唱えていた「超越よりも自分が信じる強度を信じよ」の方がピッタリ。
●【トリニティ】父と子と聖霊の三位一体の意味。彼女がなぜトリニティという名前なのかはよく分かりませんでした。『マトリックス』のポスターではモーフィアス、ネオ、サイファーの3人が左半分に立ち、少し離れてトリニティが立っています。モーフィアス、ネオ、サイファーは人間の男の3面であり、トリニティのキスで目覚める、復活する、統合するという意味なのかも?

うる星やつら2〜ビューティフルドリーマー

『BD』では「楽しい夢vs現実」の戦いは、あたる&面堂&サクラvs夢邪気が夜の学校で対決するシーンから表現されていきます。しかし『BD』では「このままでイイかも」と「このままじゃイケない」がキャラに固定化されておらず、流転しながら展開されます。高橋留美子の女のエゴと、押井守の男のエゴとの対決も、事態をより複雑に、より面白くしていきます。

しかし、なぜ虚構と現実なんてテーマが面白いんでしょうか?
なぜ虚構なんてのが「在る」んだろ?無いのが虚構だろうに。

いや、何かが2つに分かれて(男と女とか、機械と人間とか)闘う、その火花に魅とれているだけか。

▼ビューティフルドリーマーとマトリックスに関するリンク
マトリックスは密教映画だ!!
なぜ宮台は「世界」の中心で「魂」と叫ぶのか
『うる星やつら2/ビューティフル・ドリーマー』往復評論

サイファーについて
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