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『G線上のアリア』 図書館シーンで流れる

セブン/ミルズとサマセット

ヒーローになることを夢見る血気盛んなミルズ刑事と、深い虚無を背負う老練なサマーセット刑事。ミルズは刑事生活の最初のサマセットは最後の7日間を前代未聞の猟奇連続殺人犯を追うため行動を共にする。新米刑事とベテラン刑事というパターンは黒澤明の「天国と地獄」が原型らしいが、それを極めて「セブン」だ。まず構造が美しい。もちろん、細かなシーン、ちょっとした登場人物の全てが結末へと並べられたガラスの破片の様に美しい。

「この事件はハッピーエンドにはなりそうにないな」
「逮捕できりゃ俺はハッピーだぜ」


ミルズは犯人ジョン・ドゥを理解できず、サマセットは理解できる。しかし、ジョン・ドゥの人生と決定的に交わるのはミルズ。…が、今回はサマセット刑事について考えてみたい。彼は物語の最初から最後まで存在し、ミルズにもジョン・ドゥにも理解を示す観察者的存在だ。つまり私たち観客の立場に一番近い。

映画の冒頭。夫婦ゲンカの末の銃による殺人現場にいるサマセット。

「子供は見たのか?」
「それがどうしたんだぃ?
 アンタがもうすぐ定年なのがありがたいよ、サマセットの旦那。
 子供が現場を見たのか?だって。
 いつもそんなコトばかり言いやがって」


子供の話題は序盤、中盤、終盤とバランスよく配置されているのことから「犯罪社会で子供を育てること」がセブンの裏テーマなのかもしれない。

セブン/トレイシーとサマーセット

映画の中盤。ミルズの妻トレーシーがサマセットに妊娠の相談をする。

「この街は嫌い」
「恐ろしいってね。こう考えたんだ。
 こんなに酷い世界に生まれる子供がまともに生きていけるだろうか?って。
 ・・・堕ろそう。それから何週間もかけて彼女を説得したよ。」
「ひとついえるのは私の決断は正しかった、ってことだ。
 同時にあのとき違った決断をしていれば良かったでは、とも思っている。」


この考えを「愛する女」に語り説得させるサマセットは、ある意味ジョン・ドゥ以上に恐ろしい。この社会で子供を産み育てる価値はないと宣言しているのだから。サマーセットの背負う虚無は、この「子殺し」からきているのでは?ジョン・ドゥのいう「朝から晩まで見逃されている罪」はサマセットが犯し、なおかつ見過ごされている罪であり、ここがサマセットがジョン・ドゥに近付く隙となり粘りとなる。

なるほど、女性に人気がない理由がハッキリした。多くの女性がこの映画を「見るに値しない映画」と感じるのが当たり前だ。

セブン/肉欲の取り調べ

肉欲(lust)の事件の取り調べシーンの色調は緑だったと思う。(次の日の高慢(pride)は白。ひょっとしたら7つの大罪ごとにカラーがあるのかも?)二つの取調室が並ぶ中、2人の刑事はこの事件のクソ具合に沈んでいる。

その晩、ミルズとサマセットは酒場へ。

「ジョン・ドゥが悪魔だったらそれでもいいが、奴は人間だ」
「こつこつ働くより、盗む方が楽だ。子供を育てるより殴った方が楽だ。
 一番の解決策は目をつぶり、無関心になることだ。
 愛には努力がいるんだよ」
「俺は見捨てないさ。・・・絶対に」


サマセットの絶望は街や社会から人間そのものへと拡大している。しかし、ミルズの最後のセリフから、サマセットは何かを学ぼうとし始めたように見える。(次の日に「もう少し、お前の相棒でいさせてくれ。」なんてとこからも)サマセットは自分の街を自分の眼で観察することで世界観・人生観を作ってきた。しかし「正義の男」ミルズのような人間がいることも考慮に入れなければ、正確な世界観・人生観は測れないし作れない。

・・・しかし、そのミルズの真直ぐさも、次の日には吹き飛ぶことになるんだけどね。

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