上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

--/--|スポンサー広告||TOP↑
属性的には死者・異界の扉が開く、という感じらしいです。この間まで死者の世界の住人であった子供達に、一日だけ蘇った死者が贈り物をしたがる、というのが原義だと思います。秋田では「なまはげ」が子供達を脅しに来て、親父様がご馳走を振舞って穏便に追い帰します。

なまはげは鬼が若者に乗り移り子供に説教し、親が若者に馳走を。
ハロウィンは死者が子供に乗り移り親を脅し、親が子供に馳走を。
クリスマスはサンタが親に乗り移り、親が子供に馳走を。
(鬼も死者もサンタも異界の住人のヴァリエーションです)

恐い仮面を被って地域の親達の家に入り、富のおこぼれを貰う子供や若者。私は何か、社会の本質に触れている祭りだと思いますね。

日本でもハロウィン的なことをしたいのなら、節分の鬼を膨らませるのがイイと思う。鬼のカッコウで家を脅す若者チームと、福の神のカッコウでお菓子を受け取る子供チームに判れ、後で合流してお菓子を再分配する、とか。
スポンサーサイト
10/25|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
今回はサイファーについて考えてみる。彼は真の力を発揮しないまま死んでしまった『マトリックス』の重要な柱かもしれないのだ。

サイファーがなぜエージェントと取り引きをしたのか?
サイファーにとって真実とか信じられるモノとは、自ら感じ取れる快楽であったから。

では、なぜサイファーはモーフィアスから2つのカプセルの選択を迫られたとき赤を選んだのか?
あの時点のサイファーは、自分が感じている快楽も苦痛も偽物のような気がしていたから。

だから、記憶の消去をエージェント・スミスに依頼したサイファーは、再びモーフィアスから選択を迫られたら、同じく赤いカプセルを選ぶかもしれないのだ。サイファーは記憶を留めたまま仮想世界に帰った方が、快楽も苦痛も楽しめるんじゃないだろうか?あのフランス人(最古のプログラム人格であるメロビンジアン)のように。…今から思えば、メロビンジアンの役はサイファーがやった方が面白かったかも。そしてネオに美味い肉を勧めるとか。そして、仮想現実内で快楽を楽しんでいるはずなのに。エージェントとの協定を超えてネオに協力して来たら、かなり格好イイ。

この妄想の根拠は、キリストや釈迦が修行時に対決した悪魔から。これは内部の悪を乗り越えるコト、もっと短絡的にいえば内部に悪や弱さがあることが悟りへの条件である事を示している。(同時に、その悪が悟り状態を終わらせることにもなるんですけどね)キリストや釈迦は24時間年中無休で誘惑して来る内部からの悪に常勝(無化)するコツを掴んでいるようだけど、凡人は精神や肉体が絶好調の時に、様々な奇跡が重なって、やっと1、2勝できる瞬間があるかどうかって感じだ。

だから、ネオが救世主となるには、サイファーの誘惑に打ち勝つ場面があるべきなんだけどな〜。深みもでるし。

10/15|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
チョット前のNHK押井守特集で『うる星やつら2〜ビューティフルドリーマー(以下BD)』見たのですが、凄い映画でした。アニメ(虚構や夢)を創って売るコト、虚構を享受することの不思議や矛盾をテーマにしたメタ映画です。

虚構と夢をテーマにした『マトリックス』を撮ったウォシャウスキー兄弟は、押井守監督のファンでらしく『攻殻機動隊』からはアクションシーンを『BD』からはテーマを受け継いでいます。この『マトリックス』にはサイファーという男が「ヴァーチャルの中での快楽こそが自分の求めている真実だ」と主張し、モーフィアスの救世主論を裏切ることになります。(サイファーが仮想現実の中で希望する役者の人生とは、レーガンのことらしい)さらに、このテーマをさらに面白くするのは、サイファーが帰りたがっている虚構世界は私たち観客にとっての現実であり、モーフィアスが現実だと言っている世界は私たち観客にとっての陳腐なSF映画の世界だ、という所です。

マトリックス

私の空想では『マトリックス』の元型は、ネオとサイファがトリニティを賭けて闘う話だったんじゃないか?と思っておりまして。この空想を基準にすると、サイファー死亡後から映画のテーマは迷走し、続編では観客や社会が抱えている問題から離れていくように見えます。娯楽作品ですから面倒なコト抜きでもイイのかもしれませんが、機械と人間の戦いよりも、人間の中にあるネオとサイファとの戦いの方が面白いんじゃないかな〜?

●【ネオ】新しい。新世界への跳躍。映画では人間と機械の関係を新約する者でした。
●【サイファー】ゲーム『女神転生』をやった人や、映画『エンゼル・ハート』が好きな人には「サイファ=ルシファーかも?」とピンと来ますし、社会学者の宮台真司ファンには『サイファ〜覚醒せよ』を連想させます。この本は「自分が見た超越を追え」という趣旨ですが、サイファーのキャラクターとしては、この本以前の宮台さんが唱えていた「超越よりも自分が信じる強度を信じよ」の方がピッタリ。
●【トリニティ】父と子と聖霊の三位一体の意味。彼女がなぜトリニティという名前なのかはよく分かりませんでした。『マトリックス』のポスターではモーフィアス、ネオ、サイファーの3人が左半分に立ち、少し離れてトリニティが立っています。モーフィアス、ネオ、サイファーは人間の男の3面であり、トリニティのキスで目覚める、復活する、統合するという意味なのかも?

うる星やつら2〜ビューティフルドリーマー

『BD』では「楽しい夢vs現実」の戦いは、あたる&面堂&サクラvs夢邪気が夜の学校で対決するシーンから表現されていきます。しかし『BD』では「このままでイイかも」と「このままじゃイケない」がキャラに固定化されておらず、流転しながら展開されます。高橋留美子の女のエゴと、押井守の男のエゴとの対決も、事態をより複雑に、より面白くしていきます。

しかし、なぜ虚構と現実なんてテーマが面白いんでしょうか?
なぜ虚構なんてのが「在る」んだろ?無いのが虚構だろうに。

いや、何かが2つに分かれて(男と女とか、機械と人間とか)闘う、その火花に魅とれているだけか。

▼ビューティフルドリーマーとマトリックスに関するリンク
マトリックスは密教映画だ!!
なぜ宮台は「世界」の中心で「魂」と叫ぶのか
『うる星やつら2/ビューティフル・ドリーマー』往復評論

サイファーについて
10/14|未分類コメント(0)トラックバック(0)TOP↑
プロフィール

竜胆ヒマワリ

名前:竜胆ヒマワリ
職業:イラストレーター
バーナー/リヴァイアサン/ピンク

最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
ツリーカテゴリー
ブロとも申請フォーム
ブログ内検索
RSSフィード
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。